人の直立二足歩行の始まりは,約700万年前のサヘラントロプスと考えられています(三井誠『人類進化の700万年』2005 講談社現代新書).しかし,生命の誕生が約40億年前であることを考えると,人の直立二足歩行は,まだ始まったばかりだと言えます.つまり,この直立二足歩行が,人にとって本当に完成した歩行形態かどうかは分かりません.いづれにしても人の直立二足歩行に至る変化は,地球環境の影響を受けていたことは周知の事実でしょう.そして,現代もこの環境は日々変化しています.具体的には,歩行をする道は,しめった土や岩場が多かった700万年前の道に比べ,整備されたアスファルト道路に変わっています.それに伴い靴を履く習慣が足裏の変化を生じさせています.さらに,車などの乗り物の発達による歩行習慣の減少が,歩行形態を徐々に変化させる可能性があります.ある意味,人の歩行形態は,環境や文明の進歩とともに今後も変化していく可能性があり,それらを把握するためにあらゆる角度から歩行形態を研究していく必要があります.単に正しい歩き方を表現するだけのものではありません. 

 一方,歩くリズムは,脳機能や循環機能など身心のリズムに影響を与えます.まさに歩調ですね.とりわけ,歩くリズムは,心を生むと考えられている脳機能や自律神経の安定に寄与しています.例えば,歩きながら考えるといい案が浮かんだりする経験はないでしょうか?京都市左京区の若王子神社から銀閣寺に至る延長約1.5キロメートルの市道は,哲学者・西田幾多郎やその弟子たちが思索にふけりつつ散策していたそうです.そのことからこの道は,「哲学の道」と呼ばれています.また,ストレスを抱えている時に,ひたすら歩くと心が晴れてきます.このように歩くリズムを日常生活の中に習慣化することは重要です.

 しかし,残念ながら車など乗り物の発達による歩行習慣の減少やスマホなどで簡単に情報が手に入る現代は,自ら思索する機会をなくしています.すなわち,人の歩くリズムの減少は,脳機能に何らかの影響を与え,人の心を変えていくことにつながると言っても過言ではないでしょう.

 そこで,本学会は,「すべて(動物,ロボットおよび車なども含む)の歩行や移動について,種々の切り口からの実践と検証を重ね合わせ,今後起こるであろう歩行形態の変化に対応する歩育および健康増進に向けた教育と地域・社会の発展に貢献する!」をスローガンに,動作の質や強度を考慮することによって歩く「ウォーキング」を中心に,大学・研究所等の専門家をはじめ,各団体等のスポーツ指導者および一般ウォーカーなど健康とウォーキングを結びつけた体育・スポーツ医科学ならびに社会・文化人類学的分野の研究と実践を目指す組織として世界に発信していきたいと思います.

2022年4月吉日
日本ウォーキング学会会長
柳本有二